The Longest one-way Ticket ~最長片道切符の旅・2005春~


第11日目 糸魚川→高崎 信州を行く

目覚ましがなる前に目が覚める。この所、自分でも驚くほどに目覚めがいい。普段もこういう生活をしていれば、もっと健康に過ごせるのだろうけど…。今日は、珍しく進む距離が短い。というのも、恥ずかしながら、私、松本を観光したことがないのだ。だから、一目、松本城を見てみたいと思い、松本で多くの観光の時間を割いた。今日はゆっくりとした旅が出来そうだ。

さて、夜明け前で真っ暗の糸魚川市内を歩き駅へ向かう。新聞配達の人と犬の散歩をする人意外は人影もなく、ゴーストタウンのようだ。しかし、踏み切りの音が聞こえるとやはり、朝は始まっているのだと感じる。6時くらいに駅に着くと、大型のバスが何台か止まっていた。何の騒ぎかなと思っていると、スノーボードやスキー板を担いだ人がそのバスに続々と乗り込んでいく。駅舎に入ると、「シュプール」と行先表示を掲げた列車が止まっていた。ちょうどスキー列車が到着したばかりらしく、スキーヤーはこれからゲレンデへ向かうらしい。朝からご苦労なことである。

そんな賑わいを見せる、糸魚川駅一番線とは違い、大糸線のホームは静かだ。ホームには「糸魚川⇔南小谷」と掲げたキハ52が2両止まっていた。一つは昔の国鉄時代の塗装で、もう一つがJRカラーだった。どうやら始発列車はこのJRカラーの方らしい。ふと横を見ると、1922年に建てられたという煉瓦作りの機関庫が静かに佇んでいた。その機関庫を眺めていると、運転士がキハ52に乗り込み、エンジンに火を灯す。唸りを上げて、キハ52は目を覚まし、ライトを点灯する。運転士は入念に動作のチェックを黙々とこなす。黙ってみていると、
「乗るの?」
と聞かれたので
「はい、乗りますよ」
と答えると
「んじゃ、乗りな」
とドアを開けてくれた。ありがたい。外はかなりの寒さである。

発車時刻が迫ると、次第に乗客が増えてきて、1ボックスに一人の割合になった。朝早いのに、なかなかの乗車率である。6時19分、定刻になると、キハ52は大きく車体を震わせ、糸魚川駅を後にした。北陸本線と別れ、大きく左にカーブし、進路を山へと向ける。しばらく糸魚川市内を走るが、家段々と少なくなり、建物も少なくなってくる。山間部へ突入すると、キハ52のエンジンサウンドもより一層大きくなる。列車は姫川に沿って走る。姫川は、その名だけ聞けば静かな川を想像できる。実際、普段は綺麗な川なのだが、一度増水すると想像も出来ないほどの暴れ川となるのが姫川だ。以前にも、台風で姫川が増水し、大糸線の鉄橋が流されることもあった。ただでさえ、赤字路線というのに、完全復旧を果たし、現在こうして走っているのが奇跡である。それゆえか、大糸線には多くのファンがいる。そういえば、大糸線に沿う千国街道は、塩の道としても有名だ。甲斐武田氏を抑えるために、海のない甲斐と信濃塩止め戦略を行った相模の北条。越後の上杉謙信にも協力を仰ぐが、謙信は「戦とは関係のない領民を苦しめる政策には賛同できかねる」と突っぱねた。このことから「敵に塩を送る」という諺が誕生したのであるが、まさにその諺に縁のあるところを列車は走る。

トンネルに入ったり、鉄橋を渡ったりを繰り返す。山と姫川の織り成す車窓がなんとも美しい。雪で白い山々の稜線に朝日があたり、山頂部分がオレンジ色に輝いている。姫川を渡る鉄橋の左側に小さな姫川温泉街が見え、平岩駅に停車する。列車行き違いのためにしばし停車する。山間の小さな駅。列車に乗っていた人がキハ52の写真を撮りに外へ出る。私も釣られて外に出た。寒いが、空気がおいしい。疲れが吹き飛ぶ。

平岩駅を発車すると、再び列車は姫川に沿って走り、7時24分南小谷着。ハイカーの格好をした人たちは、改札口へと向かい、松本方面へ向かう人は接続する列車に乗り換えた。大体半々だった。大糸線は南小谷を境に、南側をJR東日本が、北側をJR西日本が管轄している。ゆえに、大糸線を全線乗る場合(そんな事をする人は少ないだろうけど…)は、南小谷で必ず乗り換えなければならない。少し不便である気がするが、仕方がない…。そのJR東日本の松本行きの列車は最新の電車であった。先ほどのキハ52に乗っていた身にすると、タイムスリップしたような感じである。車窓も大きく変って、大糸線の南側は白馬に代表されるスキー場が多々とあり、ロッジ風の建物、リフト、スキー場、キャンプ場など多くの建物を見受けられる。

白馬に着くと、多くの人が乗り込んできた。2両編成の電車は通勤電車並みの混雑だ。気温差で窓が白くなる。白馬を出ると、右側には北アルプスを望むのだが、頂上付近は厚い雲で覆われている。すると、青木湖、木崎湖と綺麗な湖の水面に山を被った山が映り込み、なんともいえない美しさがある。ボックスの前に座っていたおばちゃんも思わず
「綺麗ねぇ」
とつぶやいている。
しばらく、そのおばちゃんと観光についての談義をしていると、梓川を渡り、松本市内に入っていく。松本着9時22分。

コインロッカーに重い荷物を置いて、さっそく市内を観光する。まずは国宝松本城へ向かう。市内を歩いていくと「国宝松本城天主」と書かれた石碑があって、すぐに松本城の天守閣があった。大糸線の雲はどこへ行ったのか、青空の広がる中、黒い松本城の天守閣がそびえている。とても綺麗だ。見ると、「U.S.A」と書かれた上着を着た、団体客が大勢いる。アメリカだけじゃなく、ベラルーシと書かれた上着を着た人もいる。何なのだろうと思って、仕切っている日本人の人に聞くと、スペシャルオリンピックの選手団とのこと。あぁなるほど…と思った。開催日が間近ともあって、長野県内を観光しているようだ。皆、松本城をバックに写真を写し合っている。

さて、さっそく天守閣内部に入って見学する。その選手団の人たちに加え、ボランティアか何かわからないけど、高校生の集団やボランティアの人などで、非常に混雑している。しかも、女子高校生とアメリカ選手団が天守閣の上で「USA」コールをしていた。女子高校生とアメリカ人のテンションにはついていけない…

その後、旧開智学校や古い建物が多く残る街を歩き、13時16分発の篠ノ井線、長野行きの電車に乗る。窓から眩しいくらいに日差しが差し込む。篠ノ井線のハイライトは、日本三代車窓に数えられる姨捨駅から見下ろす、善光寺平。ここを逃すまいと思うのだが、日差しのせいもあってか眠気が一気に襲う。うつらうつらしつつも、何とか意識を保とうとする。駅に着くたびに乗ってくる人がいて、車内はそれなりに混雑をしだす。山間の穏やかな車窓が続くが、列車が左に急カーブすると、右窓に、ぱっと善光寺平があらわれた。言葉にでない美しさである。長野市内とそれを囲む山々が一望できる。地元の人は慣れているのか、何の反応を示さない。私だけが夢中にシャッターを切る。車内をウロチョロするので、女子高生とおばちゃんに冷たい視線で見られる。

姨捨駅を過ぎると、列車は勾配を下りながら時計回りに大きく弧を描き、長野市内へと入った。長野着14時35分。当初、長野新幹線のあさま520号で軽井沢に行き、軽井沢の観光をしようかと思ったが、急に善光寺に足を運びたくなったので、予定を変更。市内の循環バスに乗った。善光寺前で下車し、参道を歩く。参道は、古い町並みがそのまま残されていい雰囲気である。外観は維持されていても、内装はガラッとリニューアルされている。こうやって古い町並みを残していくのは、いいのでは?と思う。外国人も珍しがって写真を撮っているのが印象的だった。

善光寺はスペシャルオリンピックの開会式と聖火点灯式の準備に余念が無かった。テレビ局の中継車両も来ており、賑やかだった。

参拝をすませて、今度は駅まで歩く事にした。少々遠いがいい運動になる。長野駅に着くと、ちょうどあさまが出たばかりで、時間が余っていた。仕方が無いので、駅構内をぶらつくと、峠の釜飯を売っていた。早速購入。今日の晩御飯はこれにしよう。

待っている間に信州蕎麦の立ち食いスタンドで蕎麦をすすったり、色々しているとちょうどよい時間になり、あさま号に乗車。トンネルの多くてつまらない路線に揺られ、高崎に到着した。
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by sojo_skyline | 2005-02-25 23:27 | 旅行記

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最長片道切符で行く日本縦断の旅
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